新世代のシンガーソングライターとして異彩を放つ前野健太と、松江哲明監督の二人のタッグで製作された『ライブテープ』から二年。前野健太が震災後の東京をさすらい、歌う様を収めた『トーキョードリフター』が公開されている。
『トーキョードリフター』は松江監督史上、最もラディカルであり強烈なエネルギーに満ちた作品であると共に、東京という街や、東京という街に住まう人々の生活に対しての愛情がほとばしる作品だと言えるだろう。主演の前野健太に話を聞いた。
前野健太
1979年、埼玉県生まれ。ミュージシャン。2000年頃より作詞・作曲を始め、07年、アルバム「ロマンスカー」でデビュー。同作収録の曲「天気予報」が映画『デトロイト・メタル・シティ』(李闘士男監督)のメイキング映像の挿入歌として使用される。09年、アルバム「さみしいだけ」を発表。09年元旦に吉祥寺の街中で撮影された前野健太主演のドキュメンタリー映画『ライブテープ』が第22回東京国際映画祭「日本映画・ある視点部門」で作品賞を受賞、全国で公開され日本のみならずドイツ、ニューヨーク、ロンドンなどでもライブを繰り広げた。2011年2月、アルバム「ファックミー」を発表。松江哲明監督によるライブドキュメンタリーDVD『DV』が発売された。「前野健太とDAVID BOWIEたち」、「前野健太とおとぎ話」などバンド形態でも活動。今年は、「ARABAKI ROCK FES'11」などのロックフェスにも多数出演し、映画『モテキ』(大根仁監督)で「友達じゃがまんできない」が挿入歌として使われる。
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映画『トーキョードリフター』松江哲明監督 前野健太主演
人間って獣なんだ
―松江哲明監督のドキュメンタリー映画『ライブテープ』に引き続き、『トーキョードリフター』でも主演を務められましたが、まずはキッカケを教えてください。
前野健太(以下前野):震災から1ヶ月経った4月11日に松江さんから電話がかかってきて。僕はちょうどライブで広島に居たんですけど。「東京が今節電で暗いから、暗いうちに東京を記録したい。暗い夜で前野さん遊びませんかって言われたんです。松江さんの「遊ぶ」っていうのは撮影なんだなっていうのはわかったんですけど、僕もツアー中だったのと、震災でちょっとナイーブな気持ちになってて。モノを今作るっていうことに対して、すごく慎重になっていたので、とりあえず即答はしないで、東京に戻って話をしたって感じですね。3時間くらいマクドナルドで喋ってましたね。
―震災のあとに何かを作り出すアーティストさんって結構いらっしゃると思うんですけど、前野さんはどうでしたか?
前野:もちろん歌詞は書いてました。自分なりにその状況を見ながら歌を作るってことはしてましたけど、発表するっていうタイミングではないというか、こんな混乱している状況で、表現していいのかというか。そういう気持ちでしたね。
―なるほど。アーティストとしてどう表現するか、難しいですよね。
前野:松江さんが、「震災があってから前野さんの歌の響き方が変わった」と、すごく言ってくれて。僕の"あたらしい朝"っていう歌を最後に持ってくるような映画を作りたいっていう風に言ってくれて。やっぱり歌を作っている身なので、自分の歌が映画の中で重要なものになると言われたら、参加してみたいなと思って。あとは自分の歌が、暗い東京の街の中でどう響くのかなっていう興味もあったので。
―前野さんの視点から、当時の東京の様子を教えてもらえますか?
前野:3月17日かな。僕はその日タワーレコード新宿店でインストアライブだったんですけど、それが中止になっちゃって。震災からしばらくは結構ライブは中止になっちゃってましたね。それで新宿に居たんですけど、17日はすんごい暗かったですね。新宿がほんとに真っ暗だから、人も黒く見えるんですよ。そのくらい暗い。人ごみが獣の群れに見えて、「人間って獣なんだとか思って。ちょっと性欲が増したんですよね。
―(笑)。本能みたいな感じですか?
前野:そうそう本能。人間って獣なんだって気づいたりとか。3月21日はライブをやったんですよ、高円寺にある無力無善寺っていうライブハウスで。昼の2時くらいだったんですけど、すごい人が来てて。みんな誰かに会いたくてしょうがない感じでしたね。本当にどうなっちゃうんだろうっていう感じの状況でしたね、東京は。でも僕はその日のライブ迷ってたんですよ。雨が降ってたんで。放射能が雨と共に降ってくるんじゃないかっていう情報が流れて。でもお客さんは自分で判断するだろうし、僕はとりあえずやろうと思って。なんか店のマスターに電話して、「マスターは震災後も店やってるんですかって聞いたら、「うんやってる。戦時中のスペインのストリップ小屋はやってたから、僕もやる」とか言ってて。マスターは相変わらずかっこいいなと思って。
危ないんですよ。映画に出ちゃってるんで。
―雨というお話が出ましたが、映画も雨の日でしたよね。あれはたまたま雨だったんですか?
前野:そうですね、日取りは前から決めてたので。ロケハンでは、朝土手から太陽が上ってくるっていうのを2回くらい見ていて、朝日がすごく綺麗だったんですよ。そこで"あたらしい朝"という歌を歌って、すごく気持ちよくて。雨が降って、これは映画がガラリと変わるなと思いましたね。
―撮影はトータルで何時間くらいでしたか?
前野:拘束時間は10時間くらいでしたね。その中で、バイクで移動して歌ってバイクで移動して歌って、っていうのをやっているので。17曲くらい歌ったんですけど、普段のライブでもそれくらいはやるので、ライブと変わらない感じでしたね。
―バイクでは、具体的にはどのような場所を移動されたんですか?
前野:新宿、昔僕が住んでいた明大前、渋谷、中野。そこからバイクで移動して、埼玉の川口。荒川っていうでっかい川が流れてるんですけど、ちょうど橋を渡ると東京から埼玉に変わるんですよ。ポイントとしては埼玉ですね。
―それぞれ思い出のある場所なんですか?
前野:曲がその場所に合いそうなところと、あとはやっぱり節電で暗かったところ。明大前に関しては、僕が住んでた街。僕が住んでたアパート、僕がバイトしてた古本屋。そこで作ってた曲を歌ってますね。
―バイクは、アルバムのジャケットに映っているバイクですか?
前野:そうですね。SUZUKIのK50っていうバイクなんですけど、結構古いバイクみたいで。アルバムの中に"K50のブルース"っていう曲、というかバイクの音が入ってるんですけど、このK50ですね。
―普段もこのバイクを使われてるんですか?
前野:普段もこれです。だからね、危ないんですよ。映画に出ちゃってるんで。新宿とかに置いてあると、アイツこのへん居るな〜とか。あの街に女が居んじゃんかとか思われたり。ちょっと困るんですよね、この映画のせいで(笑)。
人と人とを巻き込んでいくっていうのが、僕の中の裏テーマ
―主題歌の"トーキョードリフター"は、松江監督が作詞されてますよね。これはどのようなキッカケからですか?
前野:元々松江さんってセルフドキュメントする人で、自分が語っていく人なので、僕の歌だけじゃなく、松江さんの声を引き出したいなと思ったんですよ、本心というか。なので、松江さん歌詞書いてみたらどうですかって言ったんですよ。松江さんは言葉の人でもあると僕は思ってて、良いもの絶対書ける人だなとわかってたんで。
直接打ち合わせで話して、「本当は何撮りたいんですか」とか、「一体どういう気持ちなんですか」ってやるのは、ちょっと野暮ったいなと思ったから。そういうのではなく、作品で会話するというか。
―松江監督の歌詞はどうでしたか?
前野:松江さんのテンションがわかりましたね。松江さんが今の状況をどう捉えてるのか、どういう風に東京で過ごしてきたか、どういう恋愛をしてるか(笑)。わかって面白かったです。ただ、歌入れする時はすごく難しかったですね。やっぱり僕はずっと自分の言葉で歌ってきてるので、人の言葉で歌うっていうのがすごく難しい。なかなか気持ちが入れられなかったんですよね。それで、途中で気づいたのが、僕と松江さんの距離感なんだなと思って。やっぱりすごく遠いんですよね。だから、松江さんを作品の中で愛そうと思って、松江さんの気持ちになってグーーっと入っていって歌を入れたら、歌えたんで。なんか歌はすごいと思いましたね。やっぱりちゃんと気持ち入れないと歌えないんだなって思いましたね。
―アナログフィッシュがアレンジした1曲目も良かったですね。どういう経緯だったんでしょうか?
前野:今回は"ドリフター"だし、どうせCDにするなら映画とは全然違うほうにドリフト(漂うことの意)していっちゃおうと思ってたんですよ。アナログフィッシュとの付き合いは実は古くて、もう10年前くらいになるんですけど、今年の7月に久々に会ってイベントに呼んでくれたりとかしていて。アナログフィッシュがfelicityから出してたシングルもすごくかっこよかったし、アレンジを頼んだら面白いんじゃないかなと思って。
―なるほど。石橋英子さんも参加されてますが、それはどういう経緯なんですか?
前野:石橋英子さんもちょうど7月にツーマンがあって、新作を同じくfelicityから出していて。今回は自分のレーベルではなくて、他のレーベルと一緒にやったほうが、またドリフトして面白いんじゃないかと思っていたので、このまま全部ドリフトさせちゃえってことで、話を持ち寄って。そしたらもうドリフトしてる中に巻き込まれちゃって(笑)、一緒にドリフトしてって。
―めっちゃドリフトしたんですね(笑)。
前野:今までの自分の作り方みたいな、こだわって1つ1つやってくんじゃなくて、大きな流れ。人と人とを巻き込んでいくっていうのが、僕の中の裏テーマだったので。僕にとってのトーキョードリフターっていうのは映画だけじゃなくて、その後までずっと続いてるというか。松江さんに対して、音楽ってもっと遊べるよっていうのを見せたかったし、そういうやり合いみたいな感じがしたかったんですよね。
―アナログフィッシュや石橋英子さんとの「ドリフト」は、今後の活動にも影響しそうですか?
前野:本当にすごく面白かったですね。自分で凝り固まって作るのもすきですけど、音楽ってなんでもありだし、もっと深いし、色んなことができるから。もっとドリフトさせたいし、曲も誰かに作ってもらいたいっていうのもあるし。歌詞は、この時代をどう見てるか、僕はこう思ってますというのを、伝えていく場所でもあるので、もう人生レベルで重要なことなので、ずっと書いていきますけど。多分次回作も全然違う風にいくんじゃないかなって思いますね。
1つ1つの出来事のほうが、僕にとってはトーキョードリフター
―大阪では大々的な節電はありませんでした。トーキョードリフターという映画を関東の人が見た時、関西の人が見た時、それぞれ印象も変わるのではと思うのですが、どうでしょうか?
前野:是非、各地の人からの感想を聞きたいですね。全然わかんない、東京のことはわからんよっていう感想でもいいですよね。それは逆に面白いんじゃないですかね。あんまりそういう映画も無いというか。見る場所で気分が全然違うっていう。まぁそういう特殊な状況でもあるってことですよね。
―そして、この映画を3年後、5年後に見るのも、また見え方が変わるのではと思いました。
前野:そうですね、多分全然違うんじゃないですかね。でもどうなんですかね、監督は多分狙いがあるんでしょうね。ただね、僕は政治的なことを言いたくて参加はしていないですね。とにかく歌を一生懸命歌うっていうことだけなんですよね。それと、5月頭くらいに作った"東京2011"っていう歌があるんですけど、それを節電のセブンイレブンの前で歌っていて、そういう気持ちだったっていうだけなんですよね。だから、それを見てもらうだけでも俺は良いというか。
なんかね、政治的になっちゃうと、逆に映画はちっちゃくなっちゃう気もするし。一緒に「こういう事言いたいよね」って言って始まったものではないし、そうしたらそれデモになっちゃうし。全員違っていいと思ってるんですよね。
―映画そのものは、やはりどうしても政治的なメッセージも含まれているのではと、色々考えながら拝見したのですが、前野さん自身はそういう意図はなく、撮影に望まれたんですね。
前野:俺は本当ににただライブをやったってだけですよね。あとは俺は『トーキョードリフター』に参加したというよりは、松江さんとの関係性のほうが僕にとってドキュメンタリー感があるんですよ。松江さんはドキュメンタリーっていうのは、あくまでも手法だって言ってて、現実を素材として構成していく、って言う風によく言っているんですけど、でも、俺にとってのドキュメンタリーっていうのは松江さんとの関係性なんですよ。そこを僕はもっと提示していきたい。だから今回も歌詞っていうのを引き出したかったし、松江さんから影響を受けて、また全然違うCDを出していくとか。そういう1つ1つの出来事のほうが、僕にとってはトーキョードリフターなんですよね。このアルバムの中に、新しく作った"FG200のブルース"っていう曲があるんですけど、僕の気持ちってそのくらい小さな気持ちなんですよね。この映画を受けて僕が作ったんですけど、すごく小さな気持ちというか。
―メッセージ性の強いものではなく、ライブDVDとして見る人もいるかもしれない。そういうのが面白いと思いました。
前野:そうですね、率直な感想を是非ね、僕宛にメールをいただければ。.ホームページのメールってとこにメールをいただければ、監督にも転送しておきますので、是非。あとやっぱり映画の中で、僕が思ったのは、僕は僕自身のことはよくわからないんですけど、ただ、バイクとギターはほんとにかっこいいと思ったんですよ。映画を見てて、ギターって楽器はなんて素晴らしいんだろうって。あんなに雨の中でも歌ってくれるし、バイクもあんな雨の中でも走ってくれるし。僕はそこも見てほしいですね。僕が水戸黄門だとしたら、助さん格さん...いや、こいつらが主演ですよ。なんか、頼もしいと思いましたね。アルバムの中にもスペシャルサンクスで入れてるんです。こいつらよく頑張ったなと思って。このアルバムの中にも、バイクの音が入ってるんですよ。是非映画とCDと、ドリフトしていただいて。
大阪でどういう風に見たかっていうのは僕も興味があるので、2月のライブの時に直接僕に聞かせてくれてもいいし、時間があればオフ会でも...したいと思います。